館山市の城山公園にそびえる、白い天守の館山城。観光スポットとして知られていますが、実はここは里見氏最後の居城であり、館山の城下町づくりや館山湾とのつながり、そして『南総里見八犬伝』の世界にまで話が広がる、奥の深い場所です。
この記事では、館山城の歴史をできるだけわかりやすく整理しながら、連載「うみこと歩く館山城」の各回への入口をまとめます。まず全体像をつかんでから各話を読むと、館山城のおもしろさがぐっと立体的になります。
うみこ、館山城に出会う
この記事でわかること
館山城とは何か/現在の天守と本物の城跡の違い/里見氏との関係/館山湾・城下町とのつながり/八犬伝との関係/城山公園の歩き方。そして連載「うみこと歩く館山城」全8回への入口です。
うみこ「まずは全体像を知ってから各回を読むと、わかりやすそう!」
館山城とは
館山城は、館山市の城山公園にある平山城(ひらやまじろ)の跡です。標高65.7mほどの独立した丘陵につくられ、東・西・北の三方は急な崖による天然の要害でした。海と平野を見下ろすこの地に、天正19年(1591年)、里見義康が本城を移しています。館山城は、房総半島南部を治めた里見氏にとって最後の居城となった城です。
城跡は昭和35年(1960年)に館山市の指定史跡となっています。現在は城山公園として整備され、桜や花の名所、そして館山湾を一望できる展望地として、地元の人にも観光客にも親しまれています。
現在の館山城と、戦国時代の館山城跡の違い
多くの人が「あれが戦国時代のお城」と思いがちですが、城山公園の山頂に立つ三層四階の天守風の建物は、昭和57年(1982年)10月31日に開館した模擬天守で、中身は館山市立博物館分館、通称「八犬伝博物館」です。戦国時代の天守がそのまま残っているわけではなく、史実に忠実な復元天守というわけでもありません。
いっぽう、本物の館山城跡は、この城山の丘陵全体にあたります。ただし、はっきり確認されている遺構は御殿跡や鹿島堀跡など限られており、太平洋戦争中には高射砲陣地が置かれて山頂が約7m削られました。「立派な石垣を見る城」ではありませんが、なぜここが城に選ばれ、なぜ今の姿になったのかを知って歩くと、見え方が大きく変わります。
→ くわしくは連載第1回「今のお城は昔の天守なの?」へ。
館山城と里見氏
里見氏は、戦国時代に安房国(房総半島南部)を中心に勢力を広げた戦国大名です。館山城に本城を移すまでは、稲村城(現在の館山市稲、3代義通の居城/国指定史跡「里見氏城跡」)や、岡本城(現在の南房総市/同じく国指定史跡)などを拠点としてきました。
その里見氏が、9代義康の代の天正19年(1591年)に本城を館山へと移します。戦いのための山城から、海と町を見下ろす政治・経済の拠点へ——館山城は、そうした時代の転換点に築かれた、里見氏最後の本拠地でした。
→ くわしくは連載第2回「里見氏を知る」・第3回「館山に城を移した理由」へ。
館山城と館山湾・城下町
館山城が築かれた城山からは、鏡ヶ浦とも呼ばれる館山湾と市街地が一望できます。里見義康が海を見下ろすこの立地を選んだ背景には、湾や湊を生かした海上交通・交易と、城のふもとに広がる城下町づくりがありました。城・湊・町が一体となって機能したこの構造は、現在の館山市街地の原型につながっていったと考えられています。
そして里見氏の時代は、長くは続きませんでした。慶長19年(1614年)、9代義康の子・忠義が改易され、伯耆国(現在の鳥取県)倉吉へと移されます。館山城は接収されて御殿や堀が壊され、約170年に及んだ里見氏の安房支配は幕を閉じました。
→ くわしくは連載第4回「館山の城下町」・第5回「里見氏最後の日」へ。
館山城と南総里見八犬伝
館山城のイメージを語るうえで欠かせないのが、『南総里見八犬伝』です。これは江戸時代後期の作家・曲亭馬琴(滝沢馬琴)による読本(よみほん)で、文化11年(1814年)に書き始められ、天保13年(1842年)に完結するまで28年、98巻106冊に及ぶ大長編となりました。安房里見家の伏姫と神犬・八房の因縁から生まれた八人の剣士「八犬士」が活躍する、勧善懲悪の物語です。
注意したいのは、八犬伝はあくまで馬琴が創作した物語であり、史実の里見氏をそのまま描いたものではないという点です。とはいえ、安房・里見という舞台がこの名作を生んだことは確かで、現在の天守が「八犬伝博物館」になっているのも、この物語にちなんでいます。史実の里見氏と物語の世界、その両方を分けて楽しめるのが館山城の魅力です。
→ くわしくは連載第6回「八犬伝に出会う」へ。
城山公園で見られるポイント
城山公園では、山頂の八犬伝博物館で『南総里見八犬伝』の版本や錦絵などの資料を見られるほか、ふもとには昭和58年(1983年)開館の博物館本館があり、歴史展示室で安房地方の歴史と里見氏の興亡をたどれます。山頂の展望からは館山湾と市街地が広がり、なぜ里見氏がこの場所を選んだのかが景色そのものから伝わってきます。園内には日本庭園や茶室、万葉集にちなんだ植物を集めた小径もあり、歴史散歩にぴったりです。
館山城・城山公園 メモ
所在地:千葉県館山市館山351-2(城山公園内)
開館時間:午前9時〜午後4時45分(入館は午後4時30分まで)
休館日:毎週月曜(祝日・振替休日の場合は開館し翌日休館)、年末年始
駐車場:城山公園に駐車場あり。土日祝は麓から山頂下の茶室駐車場まで無料シャトルカーが運行(午前10時〜午後3時)
公式:館山城・城山公園
→ くわしくは連載第7回「城山公園を歩く」へ。
連載「うみこと歩く館山城」記事一覧
うみこが地元に詳しいタテヤマおじさんに教わりながら、館山城を少しずつ歩いてひもとく対談シリーズです。全8回でお届けします(各回は順次公開)。
| 回 | テーマ |
|---|---|
| 第1回 | 今のお城は昔の天守なの? |
| 第2回 | 里見氏を知る|房総を治めた一族って何者?(近日公開) |
| 第3回 | 館山に城を移した理由|なぜこの場所だったの?(近日公開) |
| 第4回 | 館山の城下町|今の市街地はここから始まった?(近日公開) |
| 第5回 | 里見氏最後の日|館山城はなぜなくなったの?(近日公開) |
| 第6回 | 八犬伝に出会う|物語と史実はどう違う?(近日公開) |
| 第7回 | 城山公園を歩く|今も残る館山城の気配(近日公開) |
| 第8回 | 館山城から館山の町を見る|城・海・町がつながる場所(近日公開) |
まとめ
館山城は、ただ天守を見上げる観光スポットではありません。里見氏最後の居城であり、館山湾と城下町を結ぶ拠点であり、八犬伝によって語り継がれてきた舞台でもあります。今も城山公園として、館山の町とつながり続けている場所です。
うみこメモ
館山城って、天守を見る場所だと思っていたけど、実は城跡・里見氏・八犬伝・館山湾が全部つながっているんですね。次は連載で、ひとつずつ歩いてみます!