【館山市】うみこと歩く館山城②|里見氏を知る・房総を治めた一族って何者?
観光・レジャー 📅 2026年6月18日 05:40

【館山市】うみこと歩く館山城②|里見氏を知る・房総を治めた一族って何者?

前回は「今のお城は昔の天守じゃない」という話から、本物の館山城跡を歩きました。館山城は里見氏最後の居城——でも、その里見氏って、そもそも何者なのでしょう?

「うみこと歩く館山城」第2回は、館山城を語るうえで絶対に外せない主役、里見氏のお話です。今回も、地元の歴史にやたら詳しいタテヤマおじさんに教わりながら歩いていきます。

うみこ おじさん、前回から「里見氏」「里見氏」って何度も出てきましたけど…正直、名前は聞いたことあっても、何をした人たちなのかピンと来てないんです。里見氏って、どんな人たちなんですか?
タテヤマおじさん いい質問だな。ざっくり言うと、里見氏は戦国時代に安房——今の南房総あたりだ——を本拠にして、房総半島の南半分を治めた戦国大名だよ。しかもただの一発屋じゃない。戦国時代から江戸時代のはじめまで、なんと10代、約170年も続いた一族なんだ。
うみこ 170年! そんなに長く! じゃあ、ずっとこの館山にお城を構えてたんですか?
タテヤマおじさん いや、そこがおもしれーところでな。里見氏は、その時々の状況に合わせて本拠の城をどんどん移していったんだ。初代の里見義実は白浜城——今の南房総市だな——に本拠を構えた。それが房総里見氏の始まりとされている。
タテヤマおじさん そのあと、3代義通の代には稲村城、終盤には岡本城、そして最後にたどり着いたのが館山城だ。だから前回言った「館山城は里見氏最後の居城」ってのは、こういう意味なんだよ。
うみこ なるほど、お城を転々と! でも不思議です。戦国時代って強い武将がいっぱいいたイメージなのに、房総半島の先っぽで、どうしてそんなに長く力を持てたんですか?
タテヤマおじさん 安房ってのはな、三方を海に囲まれた、海に開けた土地だ。その地の利を生かして、里見氏はじわじわ勢力を広げた。とくに全盛期を築いたのが5代の義堯。こいつがなかなかの傑物でな、越後の上杉謙信や常陸の佐竹義重と手を組んで、小田原の北条氏と関東の覇権を争ったんだ。
うみこ 北条氏って、あの小田原の! 房総のお殿様が、そんな大きな相手と戦ってたんですか…! で、勝てたんですか?
タテヤマおじさん そう簡単にはいかねえよ。義堯と、その子の6代義弘の親子の代が全盛期で、一時は海を越えて上総——今の千葉県の真ん中あたりだ——まで勢力を伸ばした。でも永禄7年、1564年の第二次国府台合戦では北条に大敗してな、上総の大半を失っちまった。それでも、安房だけは最後まで守り抜いたんだ。
うみこ 負けても安房は手放さなかった…なんだかしぶといですね! その里見氏が、どうやって館山城にたどり着くんですか?
タテヤマおじさん 時代が大きく動くのが9代義康の代だ。豊臣秀吉が天下を統一して、戦でガンガン領地を広げる時代が終わる。義康は関ヶ原の戦いで徳川方についてな、一時は安房と合わせて十二万石、関東でも指折りの外様大名にまでなった。そして天正19年、1591年に、岡本城から館山へ本城を移したんだ。
うみこ そこでやっと館山城につながるんですね! 戦うためのお城から、海と町を治めるお城へ…なんだか物語みたいです。
タテヤマおじさん そうだろ。山にこもって戦う城の時代から、海と城下町を見下ろして治める城の時代へ。その節目に選ばれたのが、この館山だったってわけだ。じゃあ次は、「なんで義康はわざわざ館山を選んだのか」を歩いてみるとするか。

📜 史実メモ:里見氏と「里見氏城跡」

里見氏は、初代義実が白浜城(南房総市)に本拠を構えて以降、戦国時代から江戸時代まで10代・約170年にわたり房総半島南部を治めた一族です。本拠は時代に応じて移り変わりました。3代義通が居城とした稲村城(館山市)は、4代義豊が5代義堯に攻め滅ぼされた「天文の内訌(てんぶんのないこう)」の舞台でもあります。この稲村城跡は、館山城の前の本城だった岡本城跡(南房総市)とともに「里見氏城跡」として、平成24年(2012年)1月24日に国の史跡に指定されています。

名前だけは耳にする里見氏も、こうしてたどると、海に開けた安房を足場に、関東の大勢力と渡り合った一族だったことが見えてきます。そして拠点を移し続けた里見氏が、最後に腰を落ち着けたのが館山城でした。では、なぜ義康は数ある土地の中から館山を選んだのか——次回は、その「なぜ」を景色とともに歩きます。

今回わかったこと

  • 里見氏は安房を本拠に房総半島南部を治めた戦国大名。10代・約170年続いた
  • 初代義実(白浜城)に始まり、稲村城・岡本城など拠点を移し、最後が館山城
  • 5代義堯〜6代義弘の代が全盛期。上杉謙信・佐竹義重と結び、北条氏と関東を争った
  • 9代義康が天正19年(1591年)、岡本城から館山へ本城を移した

📚 連載「うみこと歩く館山城」の全体像・各回の目次は、まとめ記事「館山城の歴史まとめ|里見氏最後の居城と八犬伝の舞台を歩く」からどうぞ。

次回「うみこと歩く館山城③」は、いよいよ館山城そのものへ。「なぜ義康は館山に城を移したの?」という疑問から、館山湾を見下ろすこの土地が選ばれた理由を歩いていきます。お楽しみに!

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この記事を書いたライター

うみこ
うみこ 観光・アウトドア担当

海と空が好きなライター。SUP、シュノーケル、釣り、海水浴……房総の海を全力で楽しむ視点から、アウトドア体験スポットや季節の見どころを紹介します。

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