【読者投稿|館山市】里見家、これから「節目の年」が続く|義堯生誕520年・義弘没後450年、館山城と八犬伝の殿様たち

【読者投稿|館山市】里見家、これから「節目の年」が続く|義堯生誕520年・義弘没後450年、館山城と八犬伝の殿様たち

📮 読者投稿|この記事は、読者の夢酔藤山さんからお寄せいただいた情報をもとに、編集部が記事にしました。あなたの街のネタもお待ちしています。

おもしれー話があってよ。読者の夢酔藤山さんから「里見家の節目の年が来るぞ」って教えてもらったんだ。これがなかなか、館山・南房総に住んでる者なら知っておきたい話でな。今日は里見の殿様の話をさせてくれ。

これから続く、里見の「節目の年」

夢酔藤山さんが整理してくれたのがこれだ。知ってるか? これから里見家ゆかりの周年が立て続けに来るんだよ。

  • 2027年……里見義堯(さとみ よしたか)生誕520年(1507年生まれ)
  • 2028年……里見義弘(さとみ よしひろ)没後450年(1578年没)
  • 2030年……里見義弘 生誕500年(1530年生まれ)

義堯と義弘。親子そろって、これから数年のうちに節目を迎えるってわけだ。せっかくの機会だから、この二人が何者なのか、なんで館山で里見の話になるのか、順に話していくぞ。

義堯・義弘ってのは、どんな親子だ

まずは親父の里見義堯(1507〜1574)。安房里見氏の五代目で、これがなかなかの傑物よ。家督を継いだいきさつからして只事じゃねえ。天文2年(1533年)、義堯の父・実堯が一族内の争いで討たれてな。義堯は金谷城で兵を挙げ、当主の座を奪い返したんだ。はじめは小田原の北条の力も借りたが、のちには北条と真正面から敵対していく。本拠は上総の久留里城(今の君津)。越後の上杉謙信と同盟を組み、永禄3年(1560年)には上杉の援軍を得て北条氏康の侵攻を退けた。永禄7年(1564年)の第二次国府台合戦じゃ苦杯をなめたが、永禄10年(1567年)の三船山合戦で北条軍を撃破して盛り返す。こうして上総・安房に勢力を広げ、里見氏の全盛期を築いた。敵の北条からも「仁者必ず勇あり」と評され、領民からは「万年君様(まんねんぎみさま)」と慕われたっていうから、たいした殿様だ。永禄5年(1562年)に出家して家督を義弘に譲ってからも、実権はしっかり握り続けた。68歳までの長命でな。

その息子が六代目・里見義弘(1530〜1578)。はじめは義舜(よしとし)と名乗っていたのを義弘に改めた。この男もしぶとい。永禄7年(1564年)の第二次国府台合戦で北条綱成とぶつかって大敗し、安房まで退いて上総の大半を失った。家臣の離反まで重なる苦境よ。だが3年後の三船山合戦で北条を破り、ちゃんと盛り返す。佐貫城を本拠に、安房から上総・下総まで領国をまとめ上げた。外交も巧みでな。上杉と組んだかと思えば、越相同盟(1569年)で上杉に見放され、武田と結び、最後は天正5年(1577年)に長年の宿敵だった北条とも和睦する(房相一和)。生き延びるためなら手を尽くす、現実家だ。民の落首(風刺の落書き)まで政治に取り入れたと伝わる。だが天正6年(1578年)、久留里城で急死。遺言で弟・義頼と嫡男・梅王丸に領地を分けたのが、かえって跡目争い(天正の内訌)を招いちまう。ここから里見氏は難しい時代に入っていくんだな。

つまり、2027年に生誕520年を迎える義堯と、2028年に没後450年・2030年に生誕500年を迎える義弘。この親子二代こそ、里見氏がいちばん輝いた時代そのものってわけだ。

なんで館山で里見の話になるんだ

里見氏ってのは、もともと安房――今の南房総・館山一帯を根っこにした戦国大名なんだよ。義堯・義弘の頃は久留里(今の君津)あたりが本拠だったが、里見氏が最後に本拠を構えたのが、ほかでもない館山城だ。築いたのは義弘の孫にあたる里見義康。今、城山公園の上に建ってる白いお城な。義堯・義弘が広げた里見の力があったからこそ、最後の館山城につながっていく。物語でいやあ、館山城は里見の旅の「終着点」なんだ。

そしてな、館山にはもっと古い里見の痕跡も残ってるんだよ。稲村城跡(館山市稲)だ。さっき話した家督争い――義堯が従兄の義豊を攻めた天文の内訌、その舞台がこの稲村城でな。里見氏が安房を治めた初期の本拠のひとつで、今は岡本城跡(南房総市)とあわせて国の史跡「里見氏城跡」に指定されてる。標高60メートルちょっとの丘で、堀や土塁の跡を今も歩ける。義堯・義弘の物語の"はじまりの地"が、ちゃんと館山に残ってるってわけだ。稲村城跡の見学案内(館山市)も見ておくといい。

そしてもう一つ。江戸時代に大ヒットした読み物『南総里見八犬伝』。あれも、この里見家をモデルにした物語だ。館山や南房総のあちこちに里見の痕跡が残ってるのは、そういうわけよ。館山城そのものの歴史は館山城の歴史まとめに、里見氏の流れはうみこと歩く館山城②|里見氏を知るにまとめてあるから、あわせて読んでみてくれ。

節目の年を、どう楽しむか

実は、里見氏を大河ドラマにしようっていう動きもあってな。「里見氏大河ドラマ化実行委員会」ってのがあって、2014年の里見氏移封400年・八犬伝刊行200年をきっかけに発足して、NHKへの要望やPR動画づくり、イベントなんかを続けてるんだ。2027年からの節目は、そういう機運を後押しする良いきっかけになるかもしれん。

難しく考えることはねえ。節目の年を口実に、館山城(城山公園)に登って里見の物語に触れてみる。それだけでも十分おもしろいぞ。夢酔藤山さん、いい話をありがとうな。

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この記事を書いたライター

タテヤマおじさん
タテヤマおじさん 歴史・文化・農業担当

館山生まれ・館山育ちのベテランライター。館山城の歴史、崖観音、安房神社、南房総のびわ農家や花卉栽培まで、観光ガイドには載っていないディープな話を知っています。

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